まなびのコンパス
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地方でいきる(1):公共経営大学院のフィールドスタディ、京都府和束町との連携

 

地方創生のキーパーソンとして「よそ者、わか者、ばか者」という言葉をよく聞きます。よそ者を引き付ける力、わか者が参画できる環境、ばか者であっても理解されるコミュニティが重要ということであれば、やはり地方創生には人材と場の力は大切なのだと思います。

早稲田大学総長の鎌田薫は、近年、地方創生やリカレント教育という2つの事項についてコメントを求められることが多くあります。実は、社会人の学びと地方創生は密接に関連しているという事例がいくつもあるようです。「まなびのコンパス」ではそのような事例を順次紹介していきたいと思います。東京都内の私立大学が、東京都以外の地域を活性化させていくことにどのように寄与できるのか、どのような人材を育成しそれぞれの地域の活性化を成し遂げるために、高等教育の場をいかに活用していくべきかなのかを考察していく一助にしたいと思います。

初回は、京都府和束町をとりあげます。京都府・和束町の皆さんと早稲田大学公共経営大学院の学生達と担当教員が10年間取り組んできた事例です。公共経営大学院は、一般の社会人のみならず地方自治体職員や中央官庁職員、地方議会や国会の議員、海外機関の行政職員なども積極的に受け入れている専門職大学院です。学部からの進学者や一般の社会人は大学院修了後に自治体職員や政治家になった方々も多く、在学中のみならず修了後のネットワークも充実しています。公共経営大学院で和束町におけるフィールスタディの担当教員である早稲田大学政治経済学術院教授清水治より寄稿がありまし たのでご紹介いたします。

 

公共経営大学院と地域との連携の試み――和束町で学びながら政策提言

早稲田大学大学院の授業での学生たちの提言が契機となり、「マウンテンバイクの聖地」となった町があります。場所は京都府和束町。京都府南部、宇治茶の約4割を生産する茶農業が盛んな人口4千人の山間の町です。日本遺産にも登録された美しい茶畑景観が有名で、和束町では茶源郷をモチーフに地域づくりに取り組む、そんな活発な町があります。

早稲田大学公共経営大学院では、いくつかの自治体と連携したフィールドスタディを実践的な授業として開講しています。その一つが、毎年夏、和束町と京都府の協力を得て、和束町で行う地域活性化の政策提言を目指したフィールドスタディ京都講座(略して「京都講座」)です。

京都講座は、毎年10名程度の院生が参加している密度の濃い講座として学生間でも有名なようで、参加する学生の姿勢には大変積極的な様子が見受けられます。参加者はまず東京都内のキャンパスで事前講義を受けて、和束町の町勢の概要と課題を学びます。和束町の課題は、大きく二つ。一つは、茶農業が盛んな和束地区のお茶を活かした観光誘客など地域づくり。二つは、より山間で森林資源には恵まれるが人口減少に悩む湯船地区の活性化、です。

8月上旬、いよいよ現地入りした参加学生たちは、現地和束町で約一週間の合宿をしながら、概ね2班に分かれて、具体的な政策提言作りに取り組みます。まず、現場を視察し、町の産業、まちづくりについて町民から精力的に意見を聴くことに全力を尽くします。公共経営大学院の学生は、普段から地域活性化や地方自治などの理論は勉強しており、また事前講義の段階で一定の提言に向けた構想を持って来ることも求められているのですが、いざ現場を見て、様々な地元の声を聴くと、政策作りはそれほど単純でないという現実に直面します。現地で使える時間は限られていますので、時には深更まで学生同士で議論して、本当に和束町をよくするためにはどうすべきなのかという声も自然とわき起こります。そもそも公共経営大学院は、政治、行政、NGOなど公共サービス分野の人材育成を目的としており、学部卒業の直接進学者の他、実際にそのような業務に従事する社会人も多く受け入れているのが特色なだけに、お互いに専門家としてのレベルを求め、幅広いバックグラウンドの学生がいろいろな意見を戦わせます。公共経営大学院では、通常の科目においても学生各々の視点から議論を重ねておりますが、その最たるものの一つが京都講座なのです。

最終日には、こうして取りまとめた具体的な施策提言を発表します。発表の場には町長みずからお越しになり、さらには町の行政や産業の関係者、さらには一般の町民も集まっていただきます。年によっては、京都府庁に出向き、知事や府政幹部にもプレゼンを行ったこともありました。

 

実現した大学院生の提言

和束町では、大学院生の提言を町政の参考として受け止め、吟味をし、一定の修正も加えて、町として実施に移された提言が多くあります。そのいくつかを紹介いたします。

――冒頭紹介したのは、町立湯船森林公園の活性化策として、従来、主にバーベキュー、釣りに利用されていた広い森林公園を、マウンテンバイク(MTB)のコースとして活用する提案です。最初は町民も半信半疑でしたが、愛好家の協力も得て整備されたコースは、日本自転車競技連盟の認定を得て、2021年にはワールドマスターズ・ゲームズ日本大会のMTB競技会場となることが決まっています。そのような成功は決して偶然のものではありません。大学院生達が、マーケットや他の地域の取り組み状況もしっかりとリサーチをして、なぜ和束町であれば成功するのかということを説明した提案を、和束町の皆様がしっかりと行動に移し、ボランティアなども呼びかけて成果として結実したのです。

――和束茶の振興を目指して、お茶や郷土の知識を有した人材「茶薦士」を育成しようという提案もされました。これはその後、宇治茶全体をカバーする「宇治茶ムリエ」として事業化されました。さらに物産、宿泊などの観光施設も徐々に整備され、茶源郷をテーマにしたまちおこしも定着してきています。

――このほか、湯船森林公園での子ども列車の運行、茶摘みの繁忙期に空からの茶畑景観鑑賞(気球の代わりにヘリコプターで実現)、湯船地区の住民出資によるまちおこし株式会社の設立など、多くの公共経営大学院生の提案が事業化されてきました。

残念ながら提案が認められて事業化したものの不調に終わってしまった提言もあります。地域ブランドとして和束川沿いのアジサイの植栽提案は実施されたものの、シカの食害で失敗に終わってしまいました。やはり予期せぬことはあるものです。しかし、そのような失敗さえも公共経営大学院の学生が次の提案に活かし和束町の皆様が取り組むために貴重な経験になります。

 

「よそ者」を受け入れ、遠方の大学と連携する自治体

2018年8月のフィールドスタディは、10回目の節目を迎えました。和束町は、10周年を記念して、堀町長の出席の下、町民、京都府の皆様が参加されて、また公共経営大学院からも小原研究科長やOBも出席して、二つのイベントを開催されました。

第一に、町が伝統的建造物群の候補にも上る古民家を買い入れ、研修・交流施設として整備した「湯船ヴィレッジハウス」の除幕式。地方創生とリカレント教育を大切に考えてきた鎌田薫総長の祝辞も披露されました。

さらには、京都講座の立上げ・継続に尽力されてきた、京都産業大学山田啓二教授(前京都府知事)、早稲田大学北川正恭名誉教授による基調講演や、「地域住民と語るこれからの和束町のまちづくり」をテーマとした両教授と農家民宿経営者、まちおこし会社の代表者が参加するパネルディスカッションが開催されました。

今回10回という節目を迎えましたが、最初からすべてが順調であったわけではありません。しかし、10年の長きにわたり京都講座が続き、また、和束町の活性化策に多少なりとも貢献できたとすれば、早稲田大学としてこれほど嬉しいことはありません。何より、フィールドスタディの大学院生たちを受け入れ、これまで耳を傾けていただいた町長をはじめ和束町や京都府の多くの関係者の方々のご協力の賜物であり、ここに改めて感謝の意を表したいと思います。

「学びながら地域づくりに貢献する」ということは、学生にとって座学だけでは得られない大変貴重な学習経験になります。また、提携先の自治体にとっては、「よそ者」ではあるが、若い世代の目でみた提案は、地域のポテンシャルについて新たな気づき、斬新な視点を提供できる可能性が大きいのではないかとあらためて実感しております。私は勿論のこと京都講座を一緒に担当しているもう一人の教員である中村健講師とともに、これからもこのような大学と地域との連携に向け努力していきたいと思っています。

(寄稿:早稲田大学政治経済学術院教授 清水治)

 

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