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教育現場における日本語指導の現状とは?―その必要性と指導者養成プロセスを考える

早稲田大学大学院日本語教育研究科(以下、日本語教育研究科)では、2019年4月に「現職社会人コース」を開設します。この背景には、近年の在留外国人の増加により、日本語教育に対する社会体関心やニーズが高まっていることがあります。特に学校現場においては「日本語がまだ十分に使えない」子どもたちに日本語を教える「日本語指導者」が不足しており、それらの問題解決は喫緊の課題となっています。

このような現状をふまえ、実際の教育現場にあたる目黒区教育委員会教育指導課長の田中浩氏をお迎えし、日本語教育研究科研究科長の川上郁雄教授と対談していただきました。教育現場に求められる日本語教育のあり方とはどのようなものなのでしょうか。両者の視点から探っていきます。

(写真左)

目黒区教育委員会教育指導課長

田中浩氏

1965年東京都生まれ。琉球大学教育学部卒業後、東京都の小学校教員となる。2005年4月より、指導主事として目黒区教育委員会に勤務。2009年4月より副校長として墨田区立小学校に勤務後、2011年4月より統括指導主事として目黒区教育委員会に勤務。2014年4月、校長として江戸川区立小学校に勤務。2016年4月より現職。

 

(写真右)

早稲田大学日本語教育研究科 研究科長・教授

川上郁雄

大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得。博士(文学)。専門は、日本語教育、文化人類学。1990年より2年間、オーストラリア・クイーンズランド州教育省日本語教育アドバイザー(国際交流基金派遣日本語教育専門家)を務める。1993年、宮城教育大学日本語教育担当教官(助教授)として赴任後、同大学の教授を経て、2002年、早稲田大学日本語研究教育センター(教授)に着任。2003年より日本語教育研究科教授。2001年より文部科学省の「学校教育におけるJSLカリキュラムの開発に係る協力者会議」の委員を務める。主な著編著に、『「移動する子どもたち」のことばの教育学』『公共日本語教育学-社会をつくる日本語教育』『移動とことば』(以上、くろしお出版)などがある。

 

日本語教育が必要な児童生徒は、年間4万人もいるという事実

川上教授:教育のグローバル化とよく言われますが、最近の教育現場はいかがですか。

田中氏:昨年、目黒区と石川県金沢市は、友好協定を結びまして、昨日は、子ども同士の交流を進めるために金沢に出張してきました。これからは、同じく友好都市協定を結んでいる宮城県気仙沼市・角田市をはじめとするさまざまな地域とのつながりを大切にして、子どもたちの活動の場、交流の場を拡げていきたいとと考えています。もちろん、それは国内にとどまりません。現在、東京都教育委員会は、東京都の全公立学校を対象に「オリンピック・パラリンピック教育」を推進しておりまして、各学校ではその一環として、大会参加予定国・地域について学び交流に発展させる取り組み「世界ともだちプロジェクト」も行なわれています。

川上教授:それは今までにない、とてもいい試みですね。

田中氏:世の中の動きと同様、教育界も変化しています。近年、特別支援教育や日本語教育のニーズも高まっています。そのような状況下で、大学における日本語指導者養成のニーズもますます高まっているのではないですか。

川上教授:おっしゃるとおりです。教育現場の先生方が、外国から来る子どもたちにどのように日本語を指導すべきなのか、まさに「手探り状態」にあるのではないかと考えています。そのような先生方に日本語教育を勉強していただき、指導力を上げていただくようなシステムを作ることが大切かと思っています。校長先生は限られた教員をどのように配置して対応するかを考えますが、実際の教育現場では、初めて日本語指導を担当する先生がほとんどです。任された先生はどうしたらいいか困っておられるだろうと思います。

田中氏:多くの先生方は日本語指導を志望して教員になったわけではなく、配属先の学校においてニーズが発生し、学校全体の人員配置の中で校長から指名されて担当するというのが一般的です。実際には、日本語指導に長けた教員が担当するケースは少ないのが現状だと思います。日本語指導を任された教員は、小学校低学年の国語の指導をベースにしながら、それぞれの子どもにどんな教え方をすればいいか、自分で工夫しながら手探りで指導にあたる現状が目黒区でもありました。

川上教授:そうした先生方の現状を踏まえて、新たに学べる機会と方法を提供していくことが、大学で日本語教育を研究している者の務めだと考えています。現在、全国的に日本語指導が必要な児童生徒が増えており、文科省によるとその数は4万人を超えるそうですが、目黒区ではどんな状況でしょうか。

田中氏:目黒区は、東京都の中でも、他の区市などと比較すると、比較的外国人は少ない方です。ただ、外国人が入学するケースが増えてきている現状はあり、今後もさらに増える可能性があると考えています。特に中国や韓国、フィリピンといったアジアから来る子どもが多いです。

 

一斉指導はもう限界にきている。日本語指導における課題とは。

川上教授:そうした子どもたちの日本語能力はどのような様子ですか。また、指導をする上で、具体的な課題はありますか。

田中氏:日本語を全く話せない子どももいますし、ある程度日本語を理解できる子どももいます。また、ご家庭によって、半年あるいは1年間など短期間だけ日本で暮らす場合や、日本に留まって長期間生活されるケースなど、日本語能力も滞在の背景も実にさまざまです。今までの一斉指導では、個々のケースに対応できず、限界にきている感じがあります。だからこそ、まずは日本語の指導を必要とする子どもたちのアセスメントが重要だと考えています。

川上教授:目黒区では、20年以上前から、海外で成長して帰国した日本人の子どもたちに日本語を教える「帰国生への日本語指導」にも取り組んでいますね。そうした子どもたちの指導も同様でしょうね。

田中氏:目黒区では、帰国児童生徒が多い東山地区があることから、昭和58年に文部科学省より「帰国子女教育受入指定地域」に指定されました。その地区の学校では、現在も年間100名近くの出入りがあります。そのため、母国語に慣れていない子どもたちに、いかに日本語を習得させるかという課題がありますが、それはその地区に限定されていることで、日本語指導の需要の多くは、外国人児童生徒の指導となっています。

川上教授:国籍が多様化する中、現場の先生がさまざまなバックグラウンドを持つ子どもたちにどのような日本語指導をするか、苦労されているのではないでしょうか。

田中氏:外国人の子どもだけでなく、特別に支援が必要な子どもも増えてきています。一斉指導ではなく、個別指導が必要なケースという意味では、同義だと思っています。カリキュラムの違いはあれども、先生方は「一斉指導では届かない子どもにもどうにかその子に相応しい教育を届けたい」という思いでご苦労されております。

 

現場の先生が、日本語指導のスキルを高める重要性

川上教授:教育の根本として、一人一人の児童生徒をよく見極めて、先生方が個々の子どもに沿ったかたちで指導するという意味では同じということですね。先生方が、その対応力を身につけたり、高めたりする研修などの機会はあるのですか。

田中氏:はい、特別支援教育の他、さまざまな教育スキルを高めるための研修が以前に比べて増えているように思います。そうした研修の必要性もかなり高まってきています。

川上教授:日本語教育研究科は、2001年の設立以来、実践に基づいた日本語教育研究を進めてきましたが、近年、学校の先生が退職して大学院に入学されるケースが多く見られます。そのようなこともあり、日本語教育について学びたい、学ぶ必要があると考える先生が増えていると実感しています。そこで2019年4月に修士課程に開設することにしたのが、「現職社会人コース」です。このコースでは、学校の先生が1年間休職して大学院で専門教育を受け、2年目は学校現場に復職して実践を重ね、修士論文を作成するコースです。2年目も、研究科の教員による職場における実践活動に関する指導や修士論文作成に関する研究指導をインターネット電話やメールで受けることができます。また、このコースは学校の先生だけでなく、行政機関で日頃から外国籍居住者に接している公務員の方々で、日本語教育を学び、政策や行政に生かしたいと考えている方にも活用していただけると考えています。現場の先生からご覧になって、こうしたコースをどのように感じられますか?

田中氏:人によっては、一定期間休職することに抵抗があるかもしれませんが、ニーズはかなりあると思います。学校の先生とひと口に言っても、全体指導が得意な人、個別指導や少人数指導に優れている人など、適性はさまざまです。自分のキャリアや実績を見極めた上で、それぞれ専門性を磨いていきたいというケースは、今後多く出てくると思います。日本語指導をやっていきたいと思う先生にとっては非常に有効だと思いますし、学びたいと思う人も多くいるのではないでしょうか。教育現場は今後、たとえば、一斉指導を担当する先生がいて、さらに日本語指導や特別支援教育を担当する専門の先生がいるなど、専門性を持った教員がチームとして指導に取り組むかたちに変わっていくのではないかと思います。

川上教授:そうなると、専門性を高める場が必要になってくるということですね。大学も今後ますます現場のニーズに応えられるような支援や教育を考えていかなければと思いますが、先生から大学に期待することはありますか。

田中氏:おそらく、学び方のスタイルは、人によってさまざまだと思います。1年間休職して集中的に学びたいという人もいれば、夏季休暇中などに仕事と並行して学びたい人もいるでしょう。そうした個々のニーズを踏まえて、学びやすい環境を提供していただくことが、先生方の専門性を向上させ、その結果として日本語教育を必要とする子どもたちの自立や社会貢献につながると思います。

川上教授:日本語教育研究科では、土曜日に公開講座日本語教育実践ワークショップを以前から開催していまして、現職の先生方にも来ていただいて、一緒に日本語教育や年少者教育を学びながら議論する場もご用意しています。さらに、オンデマンドの講座を世界中のさまざまな教育現場で活躍する方々がご覧になり、動画を見ながら意見交流できる場も作っています。今後さらに、また違った形で日本語教育の学びの機会を提供していきたいと考えています。

 

大学・教育委員会・学校をつなぐ“目黒モデル”

川上教授:ところで、目黒区と日本語教育研究科は、10年前に包括的な日本語教育支援についての協定を締結させていただきました。それにより、日本語教育研究科の修了生が日本語教育コーディネータとして教育委員会に採用され、専門教育を受けた大学院生や修了生が日本語指導員として目黒区内の小中学校に派遣され、個別の子どもに応じた日本語教育の実践が展開されています。これを私たちは“目黒モデル”と呼んでいます。この“目黒モデル”をさらに発展するかたちで今後も築いていきたいと思っています。

田中氏:以前はそれこそ担当者が手探りで、小学校低学年の国語をベースに指導していたのですが、日本語教育研究科と教育支援に関する協定を2008年に結んでから、目黒区の教育現場での日本語指導レベルが飛躍的に向上しました。この10年間で、川上先生が開発された「JSLバンドスケール」を使った教育法を取り入れ、生徒のアセスメントをしっかりした上で一人一人の指導状況を把握し、質の高い指導ができるようになってきました。今の日本語指導は通級型が多い中、日本語指導が必要な子どもが在籍している学校にしっかりとした日本語教育の指導スキルのある先生を派遣していただくことで、子どもも効率よく体系的に日本語を学ぶことができます。“目黒モデル”と名づけていただいているとは光栄ですが、目黒区はすばらしい日本語指導が展開できていると自負しています。

川上教授:私たちももっと努力して、ほかの地域にもこの“目黒モデル”を発信し、全国の日本語教育へのニーズに応えていきたいと考えています。

田中氏:現在、発達障害等を対象とする特別支援教育では通級型の特別支援学級から、それぞれの学校にある特別支援教室へと変わってきています。専門の教員が各学校を巡回して指導するかたちですが、その指導者に力がないと成り立ちません。今後、日本語教育のニーズがますます高まれば、1人でやっていけるだけの指導スキルが求められると思いますので、自ら日本語教育のスキル習得を志し、専門性を高めていきたいと考える人が増えていくとありがたいです。

川上教授:たとえば、日本語教育の現場で、ある子どもになかなか日本語が定着しないというときに、「もしかしたら障がいがあるのでは」などと思いがちで、受け入れ先として特別支援教室に入れてしまうということが、現実に起こっています。見極めについて、日本語教育担当の先生と特別支援担当の先生が一緒に考え、共に支援していくことも大事ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

田中氏:目黒区は、東京都の中でも、特別支援教室での指導を先行して実施したのですが、専門家が来ることで、先生方の特別支援教室への理解が深まっています。おそらく日本語指導についても、専門家がいて、「この子どもはこういうところにつまずいていますよ」という助言をしてもらえれば、日本語指導に対する理解も深まるはずです。そうなると、いよいよチームで取り組む体制に変わっていくと思われます。

川上教授:大学院生も研究室で机に向かってばかりいないで、教育現場にどんどん出て現場を知り、先生方と一緒に日本語教育のあり方を考えていくことが重要であり、目黒区内の学校において実践の場を提供していただいていることを、日々感謝しております。

田中氏:目黒区では、川上先生の研究室からもたくさん指導者を派遣していただいていますが、教育現場での実践を研究に役立てていただければ、それがやがて教育現場にも返ってくると考えています。お互いにとって実のある、また未来へ向けた取組であると思います。

川上教授:この関係をより強化して、発展させていけるように、私たちもがんばってまいります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。本日は実際の教育現場のお声を伺う貴重な機会をいただき、ありがとうございました。

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早稲田大学院日本語教育研究科では、2019年4月に「現職社会人コース」を開設。

詳しくは、こちらまで。

 

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