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考えることを突き詰める唯一の学問「哲学」を社会人が学ぶ意義とは?

「人生100年時代」に向けて、社会人の学び直しの必要性や重要性が問われています。中でも、教養のひとつとして、現在注目を集めているのが、哲学です。

早稲田大学エクステンションセンターでは、哲学の社会人向けクラスが、以前から好評を得ています。

今回、講師を務める高橋章仁先生に、哲学の魅力をはじめ、今こそビジネスパーソンが哲学を学ぶ意義について、話を伺いました。

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早稲田大学講師

高橋章仁 氏

1967年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(哲学・早稲田大学)。専門分野は近現代ドイツ哲学。ヤスパースをドイツ観念論との関連から読み解くことを得意とする。訳書に『シェリング』(行人社)がある。

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高橋先生の哲学講座は、ニーチェやヤスパースなどの哲学書を題材に、誰にでもわかりやすい言葉で丹念に読み解いていきます。哲学者の言葉を自分なりに吸収することで、未知の出来事を想像しながら、自分と向き合うヒントを会得し、生き方や働き方にも活用することができるのではないでしょうか。

 

究極にクリエイティブな哲学の魅力

――先生が哲学に魅力を感じ、専門にしようと思ったきっかけについて教えてください。

高橋氏:もともとは演出家になりたかったので、芸術系の大学に通っていました。ところが、1年間通ってはみたものの、絵コンテの描き方や企画書の作り方など、小手先の技術を教わる授業が多く、私の求めていたものとは違っていました。あらためて、自分が本当にやりたいことがなんなのかを考えてみると、もっと根本的なことがやりたいのではないかということに気づいたのです。そして、「根本」といえば「哲学」だろうと。最初は漠然とした興味でした。それまで哲学書をいっさい読んだこともありませんでした。ですから、完全にイメージ先行でしたね。

出発点としてはクリエイティブな仕事に就きたいと思って演出家を志望していたわけですけれども、考えてみると、哲学は正解のない学問で、これほどクリエイティブなものはないと思うようになりました。芸術系の大学に在学中、結論が見出せず悶々としていたある日、父の死をきっかけに、迷っていた哲学の道へ進むことを決意しました。なにか父に背中を押されているような感覚がありましたね。大学を受験し直し、働きながら早稲田大学の夜間学部に通い、大学院にも進学し、哲学研究の道に進むことになります。

――哲学にのめり込むようになったきっかけはありますか?

高橋氏:もともといろんなことを突き詰めて考えるのが好きでした。難しい本を読んでも、わからないなりに時間をかけて繰り返し読み込んでいくと、今までわからなかったことがわかるようになってくるんですね。その過程が一番おもしろいと思っています。気づいたら、じわじわと哲学にハマっていきました。

 

ビジネスパーソンが哲学を学ぶ意義は?

――現在、国をあげてリカレント教育や社会人の学びおなしが奨励されていますが、現役世代のビジネスパーソンが哲学を学びなおす意義や必然性はどこにあると思いますか?

高橋氏:学生でも、社会人でも、哲学を学ぶ根本の意義は変わらないと思っています。世の中には、さまざまな価値観、さまざまな捉え方があるので、何が正解なのかなかなかわからないものです。若い人は特に、成功者が書いたハウツー本を読んで成功を目指す傾向があると思うのですが、しかし、いろいろな社会的な経験を積むうちに、次第にそうしたハウツー本だけでは解決できないということが徐々にわかってくる。社会経験を重ねるほど、自分で考えなければならないという必要性を感じてくるでしょうし、経験値が上がってくると、必然的に考えにも深みが出てきます。社会人の方々は、学生以上に、考える必要性を実感しているのではないでしょうか。そんなときこそ、哲学の出番だと思うのです。

――高橋先生の講座を通して、哲学という学問において、受講生に一番学んで欲しいことは何ですか?

高橋氏:「自分の頭で考える」ということに尽きます。まずは、自分のテーマを見つけ出すことがスタートだと思っています。自分が気になっていること、疑問に思っていることを自分なりに掘り起こしてみることです。そのためには、日頃から常にアンテナを張ることが大切でしょう。考える材料を仕入れるためのアンテナです。考える材料は周りにたくさん散らばっています。そこで得た自身の問題意識に対して、様々なテキストからヒントを得ながら、自分なりの答えを出すことを実践していただきたいと思っています。

――「ニーチェ『ツァラトゥストラ』を読み解く」の講座では、「自己肯定は一種の真剣な遊びのようなもの。勇気をもって自己肯定するべき。」という話もありましたが、実社会で哲学をどのように生かしてほしいと考えていますか?

高橋氏:哲学には、方程式のようなものがあるわけではなく、受け止め方は人によってそれぞれです。疑問に思うことや自身の問題意識について、自分なりの解を見出していくことが哲学だと思っていますので、だからこそ、私から具体的に「こういうことに役立ちますよ」というのはおこがましいと考えています。もっと自由に、自分のなにかに役立てようと思ってもいいし、そう思わなくてもいいのです。目に見えた成果というのは哲学ではなかなか得られにくいものです。しかし、目に見えない部分で哲学は大きな力を発揮していると確信します。みなさんそれぞれに「考える意義」を感じとっていただいて、みなさんの興味の度合いに応じて、ご自身のやり方で、それを表現していただくことが一番だと思っています。

――人口知能(AI)が今後ますます発展する中で、まさに哲学的思考力こそ、人間の強みだと思います。哲学を学ぶことの重要性は、これからの時代、どのように変化すると考えていますか?

高橋氏:AIが哲学に取って代ることはないと思っています。その点は楽観的です。AIの発展により、今まで人間が考えてきたことをAIに考えてもらう機会は増えるかもしれません。ただ、講座でも話していますが、基本的には変わらないと思っています。AIがどんなに発展しても、自分で考えなくていいということにはなりません。自分にとって大切なことほど、よりいっそう自分自身で考えていかなければならないからです。自分で考えてなにか行動を起こすということは、人間が人間である以上、これから先も変わらずあり続けますし、とても重要なことだと考えています。

――自分の頭で考えることは、ビジネスパーソンにとっても必須の技能です。哲学は、これからの時代、自分なりのキャリアを築き、主体的に活躍できる人材になるためのベースを作る学問とも言えますね。

高橋氏:自分で考えることの意義を唯一学べるのが哲学という学問です。知識はいろいろな学問で学べますし、もちろん、哲学にも知識はあります。それをどのように扱って、自分の問題意識にいかにつなげて考えていけるかということは、哲学でしか学べません。そういうことを学生や社会人の方にもベースとして伝えていきたいと思っています。

 

高橋先生から受講を考えている方へのメッセージ

――哲学は、シンプルに「考える」ことを突き詰めた学問ですが、一方で、難しくてとっつきにくいイメージもあると思います。初心者でも無理なく学ぶにはどうしたら良いでしょう?また、教えるときに初心者が学びやすいように心がけていることはありますか。

高橋氏:私が教えるときに心がけているのは、難しい言葉を言いっぱなしにせず、わかりやすい言葉に置き換えるようにすることです。哲学の敷居を高くしているのはまさにそこだと思っていますので、一番気をつけているところですね。また、初心者の方には、哲学史を熟読することをおすすめしています。哲学書というは、それまでの思想的な変遷や経緯などが明記されることなく、暗黙の了解のもとで書かれています。同じ言葉ひとつとっても、その解釈はさまざまで、哲学者たちは、連綿と受け継がれてきた歴代の多様な意味合いを踏まえたうえで著述しています。ですから、哲学書を読むためには、その前提となる哲学史的な知識が不可欠になってくるのです。

それから、哲学者の書いた著作を根気よく時間をかけて何度も熟読することで、今までわからなかった意味合いが徐々にわかってくるようになります。私はそのお手伝いをさせていただいていると思っています。私自身、教壇に立つ身ではありますが、もともと活字よりも、音楽を聴いたり、映像を観たりするほうが好きだったので、実は本を読むのは苦手でした(笑)。そんな私でも、哲学書の内容が理解できるようになったわけですから。

――秋学期に開講する講座「ヤスパース『哲学的信仰』を読み解く」の内容について教えてください。

高橋氏:去年も同じテキスト内の冒頭の章で、「哲学的信仰とはなにか?」ということを解読する講座を担当しました。今年は、第3章「人間」という箇所を読んでいきます。「人間とはなにか?」ということをヤスパースの考えを参考にしながら、一緒に考えていくという内容です。

――最後に、受講を検討している方にメッセージをお願いします。

高橋氏:「考えること」をおもしろいと思える方であれば、哲学はとても楽しいものになると思います。知的探究心の旺盛な方であれば、なおさらです。わからないことがわかるようになる過程はとても充実感があるものです。そういう独特の充実感が哲学にはあります。これを機に、哲学を遠いものとしてではなく、身近なものとして感じていただけると嬉しいですね。あまり肩ひじ張らずに気軽に哲学にふれていただければと思っています。一緒に哲学書を読みながら、考えることを楽しみましょう。

2018年秋学期の高橋先生の講座「ヤスパース『哲学的信仰』を読み解く」にご関心のある方は、下記リンクをご参照ください。
https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/43249/

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