まなびのコンパス
リポート
REPORT

サタデーレクチャー ~早稲田の杜の教養シリーズ~ 「ラグビーワールドカップ2019日本大会の展望」 開催報告

早稲田大学エクステンションセンターでは、注目の研究者や専門家をお招きし、現代社会、歴史、人間、科学などのさまざまなテーマで「サタデーレクチャー ~早稲田の杜の教養シリーズ~」を開講しています。

9月20日に開催の「ラグビーワールドカップ2019日本大会」を目前にお招きしたのは、早稲田大学ラグビー蹴球部元監督で、ラグビートップリーグヤマハ発動機ジュビロ前監督の清宮克幸氏とラグビージャーナリストの村上晃一先生。

母校での企画ということもあり、早稲田大学ラグビー蹴球部のお話を中心に対談は進み、その後、ラグビーの魅力や本大会のみどころについてお話しいただきました。当日の対談より一部を抜粋して紹介します。

清宮克幸(写真右)
一般社団法人アザレアスポーツクラブ 代表理事、株式会社ビーフラット 代表取締役、NPO法人WASEDA CLUB 専務理事。ラグビー選手として早稲田大学や社会人リーグで活躍した後、早稲田大学ラグビー蹴球部、サントリーラグビー部の監督を歴任。その独自の指導法で数々の好成績を収め、人材育成と組織強化の手法はスポーツ界だけに留まらず、ビジネス界からも注目される。2011~2019年1月までヤマハ発動機ジュビロ監督。好きな言葉は「有言実行」。著書に『究極の勝利』(講談社)がある。

村上晃一(写真左)
大阪体育大学卒。90年6月より97年2月までラグビーマガジン編集長。98年独立。ラグビーマガジン、ナンバー(文藝春秋)などに寄稿。J SPORTSのラグビー解説も98年より継続中。著書に「ハルのゆく道」(道友社)、「ラグビーが教えてくれること」(あかね書房)などがある。

 

天才ラガーマンは、やがて早稲田大学伝統のラグビーの洗礼を浴びることに

茨田高校在学時は1年のときからレギュラーとなり、3年で主将として、3度目の全国花園大会出場に貢献するとともに、高校日本代表の主将を務めるという輝かしい活躍をした清宮氏。人の人生を変える仕事に就ける職業として、教師になりたいという志を胸に、早稲田大学教育学部に入学します。

戦前から続く早稲田大学ラグビー蹴球部の歴史は古く、伝統が息づいています。清宮氏は当時を次のように振り返りました。

「“練習前練習”、“練習後練習”があって、本当にキツかったですね(笑)。部員の半分は浪人で入ってきているため、弱いチームを強くするための独自の理論がありました。たとえば、ゴールラインのこだわりとして、スクラムを組んで、ナンバー7や僕が務めたナンバー8の走るコース取りをきっちり指導されるのが、早稲田ならではでした。本来、ナンバー8は自由であり、自分で仕事を見つけていいポジションなのです。でも、「早稲田ではこうなんだ」と言われたらその通りやるしかありませんが、仕事が多いので疲れるわけです(笑)。なぜナンバー8に任せるかといえば、タックルポイントやディフェンスラインを1歩でも前に持っていきたいから。力が弱い者がいかに勝つかという戦略でした」

やがて4年生になり、キャプテンとなった清宮氏は、「違うスタイルのラグビーにもチャレンジしてみたい」とOB会で相談し、早大ラグビー蹴球部に新風を吹き込むことに。オールブラックスの選手として活躍し、祖国ニュージーランドではラグビーの父とも称されるジョン・グレアム氏がコーチとして来てくれることになりました。

清宮氏はグレアムコーチに具体的にやってみたいラグビーについて伝えると、これまではあまり成果を出せなかったアップ・アンド・アンダー戦法ではなく、ショートライン戦法を取り入れることに。これにより、キープ・ザ・ボールの機会も増え、精度も上がったそうです。結果、全国大学選手権で日本一の栄光に輝きました。

清宮氏:最後の1年間だけはそれまでの早稲田とはまったく違うラグビーをしていたと思います。そういう意味で、僕は早稲田の伝統のラグビーを破壊したかもしれませんね。でも、僕としては前任者がやっていたことを踏襲することだけがすべてではないと考えました。早大ラグビー蹴球部にとって大事なのは、自分たちのラグビーを定義しながら、チャレンジし、突き詰めることだと思うんです。

村上先生:僕は当時の清宮選手の快進撃をリアルタイムで見ていた世代なので、清宮さんの4年生のときの貫禄はすごいなと思いましたね。

 

早大ラグビー蹴球部監督・大西鐡之祐の伝説

やがて社会人ラグビーでも大活躍した清宮氏は、早大ラグビー蹴球部の監督に就任。そのとき、『知と熱―日本ラグビーの変革者・大西鐵之祐』を読んでいたく感銘を受けた清宮氏は、東伏見から上井草へのグラウンド移転を機に、そのオマージュとして「早稲田ラグビー展」を企画しました。

清宮氏:大西鐵之祐さんは早大ラグビー部のOBであり、戦後直後に早稲田大学の教授やラグビー部の監督を務めた方です。その本には、戦時中すべての皮や鉄製品が没収される中、ボールとジャージを隠したおかげで、戦後、それを掘り起こしていち早くラグビーを再開できたことが書かれています。歴史ある東伏見のグラウンドへのオマージュとして、「早稲田ラグビー展」を企画し、プロジェクトを立ち上げたほか、大西さんのご自宅にもお邪魔して、当時の資料をお借りすることになりました。

大西元監督の自宅地下の資料室には、監督時代に書かれた貴重な戦術ノートがあったといいます。それを見た清宮氏は、衝撃を受けます。

清宮氏:なんと秩父宮ラグビー場で選手の動きを連続写真で撮ったものをノートに貼ってプレーを分析していたのです。プレーごとに必要なことが分析したメモが書かれていました。しかも、選手たちの名前ごとに、年間の試合の記録とともに睡眠、栄養などのコンディションを管理して数値化していました。1955年当時にこんな先進的なことをやっていたことに驚きました。今では当たり前のように、デジタルシミュレーションで敵の動きを分析し、戦術を予測するということがスポーツの現場では行なわれています。それと変わらないことを、約60年前から大西さんはやっていたわけです。

村上先生:実は僕も幸いなことに、大西さんの肉声を30年前に聞いたことがあって、「これからはバックス(BK)がボールを動かしたら、バックス同士がボールを取り合って、フォワードがラインを引いて攻めるラグビーになっていく」と予測していたのを思い出すと、すごいなと思います。

清宮氏:大西さんは「5人でスクラムを組んじゃダメか?」ということを真顔で言うような監督だったのです。結局、5人だと力に負けて押されてしまうからやめたそうですが(笑)。

村上先生:早稲田大学の歴史の中でも大西さんをはじめ、木本建治さんなどは別格で、人とは違うラグビーをやる監督だったといわれていますよね。

清宮氏:木本監督は僕が早大入学当初の監督だったのですが、ご本人が嬉々として、「これでパスが上手くなるんや」と言って、マッサージ屋にあるような楕円形の枕を作っていたこともありますよ。残念ながらそれは、あまりパスの向上には役立たなかったのですが(笑)。「早稲田ラグビー展」を企画したときに大西元監督の自宅資料室から、大正時代当時にアメリカから輸入した、アメリカンフットボールのタックル用の練習機材の写真を見つけたときは、これが早大ラグビー部のDNAだなとつくづく思いましたね。

 

気になるラグビーワールドカップ2019日本大会のゆくえは?

そして、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」で、日本のチームはどこまで健闘できるか?という話題へ。

清宮氏:対アイルランド戦では、日本が勝てたかもしれないほど健闘した試合もたくさんありました。そのときの敵チームよりは今の日本代表チームの方が絶対強いと思っています。要因は、敵チームには非常に雑な穴があったこと。今の日本代表チームにはそうした穴がなく、洗練され、研磨されて角がないシャープな状態に仕上がっていると思うからです。ベスト8に行くことは十分あり得ますね。

村上先生:でも、準々決勝で強豪オールブラックスと対戦となると厳しいかもしれませんね(笑)。

その後、清宮氏、村上先生による試合の予想が展開され、最後の質問コーナーではラグビーを愛してやまない受講者から「監督については、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズ、ジェイミー・ジョセフなどの外国人監督が起用されているが、今後のラグビー界で日本人が率いる可能性は?」「ラグビー業界の人にとってエディー・ジョーンズ監督はどんな人だったか?」といった質問が発せられ、場内は最後まで熱い盛り上がりのまま講座は幕を閉じました。

 

* *

「サタデーレクチャー ~早稲田の杜の教養シリーズ~」は、今後もさまざまなゲストお招きし、開催する予定です。また、過去の開催報告をご覧いただくこともできます。今後のスケジュールおよび開催報告については以下をご参照ください。

早稲田大学エクステンションセンター サタデーレクチャー特設ページ

https://www1.ex-waseda.jp/saturday_lectures

<<
前のリポート
次のリポート
>>