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現役ジャーナリストがジャーナリズムを学ぶ意義とは?

2008年に日本で初めての修士(ジャーナリズム)の学位を授与する大学院として設置した早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース(通称:ジャーナリズム大学院)。ジャーナリズム大学院では、新卒学生を対象とする「養成教育」のみならず、現役のジャーナリストが新たな専門知の習得と自身の経験の体系化を目指して研究する「リカレント教育」も重視しており、教育の2本柱と位置づけています。

今回は、ジャーナリズム大学院の現役学生であるNHKキャスター塩﨑隆敏氏と、塩﨑氏の指導教員で、長年報道の現場に身を置いた後、現在に至るまでプログラムマネージャとしてジャーナリズム大学院を牽引してきた瀬川至朗教授に、報道の現場で働くジャーナリストが、あらためてジャーナリズムを体系的に学ぶことの重要性についてお話を伺いました。

<プロフィール>

早稲田大学政治経済学術院  瀬川至朗 教授(写真左)

東京大学教養学科科学史・科学哲学分科卒業。毎日新聞ワシントン特派員、編集局次長などを経て、2008年から現職。NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事長。「劣化ウラン弾報道」のチーム取材で1998年にJCJ奨励賞(現JCJ賞)を受賞。『科学報道の真相 ― ジャーナリズムとマスメディア共同体』(ちくま新書)で科学ジャーナリスト賞2017を受賞。専門はジャーナリズム研究、科学技術社会論。

 

塩﨑隆敏 氏(写真右)

日本放送協会 報道局副部長、BS1「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター(2019年3月時点)。

同志社大学文学部文化学科哲学及倫理学専攻卒業後、新聞記者を経てNHKに入局し、検察取材担当の後、カンボジア・プノンペン支局に赴任。その後、マニラ支局や地方局デスク、インドネシア・ジャカルタ支局長などを経て、BSの「国際報道」の編集責任者を務める。2017年4月より現職。

 

ジャーナリストとして、後進の未来を築くために

――塩﨑さんは、学部学生時代はどのようなことを学んでいましたか?

塩﨑氏:哲学を専攻していました。新聞記者に憧れており、ジャーナリストに必要だと考え、ESSに入って英語ディベートなどもやっていました

――NHKでキャスターとしても活躍される今、あらためて大学院でジャーナリズムを学ぼうと思ったきっかけを教えてください。

塩﨑氏:50歳になり、あと10年で定年を迎えるとなったとき、自分は確かにジャーナリズムの世界に居ましたが、理論的には何も知らないのではないかと思ったのです。現在は若い記者を指導する立場にもありますが、先輩として、取材先との関係構築や原稿の書き方といった技術面を教えることができても、ジャーナリズムの根本的な理論については伝えられないことに気づいたのです。退職後のキャリアとして後進を育てることも考える中で、日々の報道や記者としての活動の背景にある理論を学ぶため大学院へ入学することを決意しました。

――塩﨑さんのように、報道の現場で活躍する方々がジャーナリズムの理論を学ぶことについて、瀬川教授はどのようにお考えですか?

瀬川教授:ジャーナリズムの理解にとって重要なのは、哲学的に基本概念に立ち戻って深く洞察することと、歴史的な視点で、マクロとミクロの両面でこれまでのジャーナリズムの流れ、変化というものを学ぶことだと思っています。メディアの実務をやっている中で、自分が手がけている仕事がジャーナリズムという枠組みのなかのどの位置づけにあるのかわからず、空虚な感覚を持っている人が多いのではないでしょうか。現場にいる方が自身の立ち位置を理解し、根拠と自負を持って働き続けるためにも、大学というアカデミックな場で体系立ててジャーナリズムを学ぶことに意義があると考えています。

 

現場では得られなかった、ジャーナリズムの根本を学ぶことの意義

――塩﨑さんがこれまで学んできた中で、印象の深かった講義はどのようなものでしょうか?

塩﨑氏:特に「ジャーナリズム史」という必修科目では、1918年の大阪朝日新聞が政府権力と対立して存亡の危機に追い込まれた「白虹事件」について詳細を知り衝撃を受けました。また、「マスコミュニケーション理論」の授業では、これまで「送り手」と「受け手」についてどんな研究がなされてきたかを学びました。ほかにも、放送法についてあらためて学ぶことができたことも大きかったです。

――今後の研究では、どのようなテーマを中心に据えたいとお考えでしょうか?

塩﨑氏:報道機関は監視者という立場がある一方で、時として協力者にもなり得ます。そこでいかに独立性、中立性を確保できるかという点について、実体験に即し規範や倫理面でどのような問題や可能性があるのかを研究したいと考えています。

瀬川教授:塩﨑さんが、検察取材など自身の実務経験の中で感じていた疑問をリサーチクエスチョンにして研究を進めていくのはとても大切なことだと思います。大学院での指導教員は私一人ではありません。ジャーナリズム研究と憲法学。それぞれを専門とする二人の研究指導体制でアドバイスをしていきます。

――あらためて大学で学び、刺激を受けたことはありますか?

塩﨑氏:表現の自由などについて理論的なバックボーンを掴み、自分が実務として積み上げてきたことの意味を再確認することができました。初心に立ち戻り、ジャーナリストとしての批判精神も再確認できました。もちろん、講義やゼミなどで、報道機関への就職を希望する若い学生たちの情熱に触れることで、「僕もこういう気持ちを持っていたな」と鼓舞されることもあります。また、ニュースひとつをとっても世代による視点の違いから、受け止め方が異なることを実感しています。若い学生たちが持つ素朴な疑問を聞くことで初心にかえることもあり、大いに刺激になっています。

――瀬川教授としては、塩﨑さんのような社会人学生と新卒学生が共に学び合う講義の中で、両者の違いをどのように見ていますか?

瀬川教授:新卒学生の修士課程での研究は、問題意識が漠然としていてなかなか明確にならない傾向がみられます。その点、塩﨑さんを含め、実務経験のある社会人学生は問題意識が明確であることが多いですね。中には、修士論文では手にあまるほどの壮大なテーマを掲げる人もいます。一方で、社会人学生の中には、自身の思考に固執されて、思考の転換や修正が難しい傾向もみられます。その場合は、新卒学生の柔軟さが刺激になると思います。

ゼミは、お互いに質問し合い、ディスカッションをすることで自身の研究を高める場として位置づけています。塩﨑さんは自身の経験をもとに新卒学生からの質問に答えてくれる場面もあり、大変助かります(笑)。

 

仕事と学びの両立とその課題

――社会人として働きながら大学院での学びを始められた塩﨑さんですが、両立する上でどのようなことに苦労されていますか?

塩﨑氏:私の場合、午前7時から放送の朝の番組に出演しているので、午前2時に出勤し、早ければ午前10時ごろに退勤できます。その後大学に通学しているので、業務時間後、昼間に学校に通えるというのは特殊な例だと思います。キャスターの当番は隔週ですが、睡眠時間を思うように確保できないのが悩みですね。

瀬川教授:仕事と両立して通学する人の中で、塩﨑さんは自由になる時間が昼間であることから、恵まれているといえるかもしれません。ただ、マスメディア以外で働く方でも、50歳をすぎると時間をコントロールしやすい人も多いようです。現場中心で働く30代の記者の方などは難しそうです。もともと、ジャーナリズム大学院の設置構想の段階において、社会人にも広く学びに来ていただくことを前提としてきました。職場環境や大学の枠組みの中で勉強を続けるのが難しい事情は多々あると思いますが、今後は必修科目のオンデマンド化や週末対応、夏の集中講義などでさらに社会人学生の皆さんに対応していきたいと考えています。また、2020年度より1年間で修士課程を修了できる社会人のための1年制コースを設置します。

塩﨑氏:1年間で修了できるコースもそうですが、どこまで“社会人フレンドリー”になれるかというのが、ジャーナリズム大学院をはじめ、社会人を積極的に受け入れようとする大学院や教育機関が発展する上で大きなポイントになってくると感じています。まだまだ改善の余地はあるのではないかと思います。例えばレポートなどの課題に取り組む時間がどうしても限られてしまうので、その点も考慮いただけると助かると思います。一方で、企業側がリカレント教育に対する有用性をいかに理解し、後押しできるかということも今後の課題になってくると考えています。

 

自分の原点や立ち位置を振り返ることで拓ける未来

――ジャーナリズム大学院で学んだことを現場でどのように生かしていますか?また、今後入学を検討している方にメッセージをお願いします。

塩﨑氏:この1年を通じて、キャスターとしての自分の発信の仕方が変わってきていると感じています。また、実際に大学院で学んだことをニュースの発信者としてのフィルターに組み入れて原点に立ち戻ることができました。論文の執筆にあたり“一文一義”という、簡潔に読みやすくするための指導がありましたが、これは番組内でのニュース解説にも非常に役立ちました。自ら学ぶことで新しい発見がたくさん得られ、所属している組織にもきっと還元できるはずです。事情や環境が許すなら、チャレンジすることをお勧めします。

――それでは、最後に瀬川教授から、入学を希望する方へのメッセージをお願いします。

瀬川教授:ジャーナリズム大学院の卒業生に、「2017年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞」を受賞した、琉球朝日放送記者の島袋夏子さんがいます。島袋さんは大学院在籍時に、沖縄の返還米軍用地の土壌汚染問題をテーマとして、情報公開などを用いた調査報道(※)を進め、それを修士論文にまとめました。しっかりと根拠を提示しながら論を進めており、ジャーナリズム大学院がめざす「根拠に基づくジャーナリズム」の実践例ともいえます。島袋さんの修士論文が明らかにした内容は他の新聞のニュースになりました。島袋さんのように大学院生として取り組んでいたことが後に外から注目されて活躍するケースも増えています。

かつては私も、ジャーナリズムについて深く学ばないまま記者の仕事に就いていました。現場での実務はできても、自分がやっていることの本質については手探りの状態でした。そういう人は意外に多いと思います。インターネットの時代となり、新聞やテレビといったマスメディアの勢いがなくなってきている中で、今あらためて自分の立ち位置を確認することが重要です。また、データやAIが注目される時代に即したデータ・ジャーナリズムの理論と実践など、関心はあっても触れてこなかった分野を学び、実務に取り入れることで、新しい自分を作るきっかけになるでしょう。ジャーナリズム大学院にはそれだけの環境が揃っています。若い学生と共に学びながら刺激を受け、新しい発見によって視野が広がり、それが次のステップにもつなげられると確信します。

 

※調査報道

発表に頼らず、自社あるいは自身の問題意識から独自の取材活動を行い、明らかにした事実について自社あるいは自身の責任をもって報道することを指す。

 

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