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社会人が「宇宙物理学」を学ぶ意義とは?

日本を代表する理論物理学者・宇宙物理学者として知られ、一般相対性理論と宇宙論を専門とする前田 恵一教授。今回、10数年ぶりに、社会人向け講座を提供する早稲田大学オープンカレッジに登壇し、7月17日より4回にわたり、アインシュタインの相対性理論に基づく時間や空間に対する新しい考え方とその検証について講義を行いました。

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早稲田大学理工学術院

前田恵一 教授

1950年大阪生まれ。理学博士(京都大学)。ケンブリッジ大学 トリニティ・カレッジ(2006)およびクレアホール(2012)客員教授。専門分野は、理論宇宙物理学および重力理論。著書に『重力理論講義』(サイエンス社)、『アインシュタインの時間』(ニュートンプレス)などがある

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100年越しで解明された「一般相対性理論」の真髄にふれる

今回の一連の講義のテーマは、「アインシュタインの時空を確かめる〜ビッグバン、ブラックホール、そして重力波〜」です。

教室内では、事前に配布されたレジュメに目を通しながら、約60名の受講者が教授の登壇を待ち構えていました。講義が始まると、随所に動画を挟むことで難しい内容も分かりやすく解説が進みます。

みなさんの記憶にも新しいと思いますが、2017年のノーベル物理学賞は、アインシュタインが100年前に予言していた重力波を直接的に検出した取り組みに贈られました。1915年の一般相対性理論の発表の翌年、アインシュタインは重力波の存在を予言していました。電磁波がプラスやマイナスの電荷の運動によって発生するように、質量を持つ2つの物体がお互いの周りを周期的に運動するときに重力波が発生するということが、一般相対性理論の基礎方程式の解析から予言されたのです。重力波の存在を間接的に証明したものとしては、1993年にノーベル物理学賞を受賞したジョセフ・テーラーとラッセル・ハルスによる連星パルサーがあります。彼らが発見した「連星パルサーPSR1913+16」は、二つの中性子星(うちひとつは周期的な電波を出すパルサー)がお互いの周りを回っているもので、重力波によりエネルギーを放出すると、軌道半径がだんだん小さくり、軌道周期も減少すると予測されます。この理論予測と観測データがピッタリ一致したのです。この研究の結果、重力波の観測への関心がさらに高まり、その後重力波を直接観測するためのレーザー干渉計が開発され、ついに2015年9月14日、米国を中心とする国際研究チームLIGO(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)が重力波の観測に成功し、その存在が証明されたのです。本講座の最終回では、100年の歳月をかけ、科学者達の念願であったアインシュタインの最後の宿題が解かれた過程が、詳細に明らかにされていきました。

レジュメやノートに書き込みながら、熱心に聞き入る多くの受講生の姿が印象的で、講師を見つめる眼差しは真剣そのもの。90分の講義は、瞬く間に時が過ぎていきます。最後の15分間は質疑応答の時間で、鋭い質問が連発。そのひとつひとつに先生はていねいに答えていらっしゃいました。そして、講義が終わると万雷の拍手が湧き上がりました。

 

「サイエンス」と「メタ・サイエンス」の違いを明確に

講義終了後、前田教授にお話しを伺いました。

――今回の講義は一般の社会人向けとはいえ、物理学・天文学の基本を知らないとついていけないのではと思える内容でしたが、非常に多くの方が受講されていました。そこで、まず今回の受講者の印象について伺いました。

前田教授:それなりに宇宙に対する興味を持っている方が、現在の宇宙物理学がどうなっているのかを知りたくて受講なさっていたようですね。受講生は学生以上に真面目で自主的に学んでいるので、宇宙の最前線の成果だけを話すよりも、はじめからちゃんと筋道をつけて説明したいと考えています。研究で得られた知識を並べて話すだけなら、本を読めばいいだけですから、どのように考えるべきなのか?というポイントを随所に織り交ぜながらお話ししたつもりです。すべての受講者が理解して満足いただけたのかは、わかりませんが(笑)

――NHKやBBCなどで放映されているテレビ番組などから、宇宙への興味を持つ方が多いと思いますが、学生向けの講義と異なり、一般の社会人にお話しされる際に、気を遣われていることはありますか。

前田教授:あくまでも一般の方を対象にした講座ですので、学生を相手に話す内容とは違ってきます。中でも、一般の方には実証されているサイエンスとまだ確かでない“メタ・サイエンス”の2つを混同してはいけないと注意をしています。例えば、ビッグバン宇宙論と量子宇宙論(宇宙の誕生)ですが、ビッグバン宇宙論については、これまでもさまざまな観測データでその理論が検証されており、サイエンスとなっているのですが、“宇宙は無から生まれた”というホーキング博士達の量子宇宙論は、まだ検証されていませんし、現時点では実証不能なことである以上、まだ“メタ・サイエンス”といわざるを得ないのです。もちろんそのような“メタ・サイエンス”をまったく無視するわけにはいかないですし、サイエンスを発展させるために必要なものと考えられますが、テレビや新聞などで“宇宙は無から生まれた”と報じられると、それがすでに科学的に解明された話だと信じてしまっている人も多いのです。一般の方を前に話をするときには、いつもこの点を強調しています。

 

――70年代にはSF作家の小松左京さんによるサイエンスブームがあり、最近ではニュートリノを発見した小柴昌俊教授の研究、宇宙探査機のはやぶさなどで宇宙への関心が集まりました。周期的にブームがあるものなのでしょうか?

前田教授:サイエンスに対する関心にもブームがあることは確かです。実際ブームが来ると、私のところにも講義依頼がたくさん来ますから(笑) その中でも、素粒子のように目に見えないものよりも、ある程度実感できる宇宙はイメージしやすいから、興味を持っていただきやすいのでしょう。

 

実利的な研究に偏りがちだからこそ、宇宙物理学の知識を広く社会へ

――一方で、iPS細胞やAIといった医療やビジネスに直結する分野に予算と人的資源が流れているような印象もあります。知の探求や真理の欲求といった、学びの根本的な姿勢よりも、実利につながるサイエンスが取り上げられるといった危機感はありますか?

前田教授:今の日本では、すぐに世界で勝てると思われる分野に予算を大きく割いて、それ以外は減額される傾向にあります。どうしても、実用的な研究やすぐに大きな成果が期待できる分野に大きな予算が振り分けられるのが現実です。以前は様々な分野に予算が配分されるヨーロッパ型に近かった日本も、こうした実利重視のアメリカ型の予算配分になりつつあります。講義で触れた「重力波」の話で言えば、アメリカでは90年代以降、ノーベル物理学賞をもらったソーン博士の影響もあり、相対性理論分野では重力波に関係した研究にしか予算がつかなかった。まあその結果、重力波の存在を証明することに成功したので良かったのですが。これが本当に良い方針なのかそうでないのか、一概には決められないですね。一見取るに足らないことをやっていると見られるような研究でも、いつか大きな成果をあげる日が来る。そうした、ヨーロッパ型の学問の在り方が、世界的に変わりつつあるのは事実です。

――そうした現状において、社会人が宇宙物理学を学ぶ意義、または社会人に向けて講座を行う意義をどのように感じますか。

前田教授:本学でも力を入れているように、研究成果を社会に還元する、研究の意義を一般の方にアピールということは重要で、このオープンカレッジもそうですが、そうした機会を各大学は設けるようにしています。2015年にアインシュタイン一般相対性理論誕生100年を記念して開催した一連の公開講座では、本学でも500人もの一般の方々が参加され会場は満席でした。社会人の方々が宇宙への興味を持たれていることを今回の講座を通じて改めて実感しています。全体を底上げすることが大切です。社会的な関心や理解を広く得ることが、宇宙物理学をはじめとする基礎科学の発展には欠かせないのです。

多くの社会人にも宇宙物理学に興味を持ってもらうこと、生涯に渡って知的好奇心を満たす学びの場があってこそ、研究への理解が生まれ、サイエンスへの機運が高まるというわけですね。興味深いお話をありがとうございました。

早稲田大学オープンカレッジにご関心のある方は、下記リンクをご参照ください。
https://www.wuext.waseda.jp

 

 

 

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